仙台七夕まつりは8月6日7日8日です。あっという間の8月ですね。お天気はハッキリしない割には、案外蒸し暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

先日、JR茅ケ崎駅構内に「仙台七夕まつり」のポスターが貼ってあるのを見つけました。今年は8月6日(火)、7日(水)、8日(木)に開催され、ポスターには「未来への願いが届きますように」と想いが綴られていました。明るい未来を願わずにはいられません。

で、仙台に先駆けて隣市の平塚市では、先月の7月5日(金)、6日(土)、7日(日)に「第63回湘南ひらつか七夕まつり」が開催されました。

我が家でもここ何年かは、続けて見に行けましたので、平塚市のことも含めて簡単にご紹介したいと思います。

I am syonan ! my name is Hiratsuka city.

まず、平塚市は「平塚市こそが湘南の中心!」という自負の念が高いのが特徴です。

まず、1994年にサッカーJリーグへ加盟した「湘南ベルマーレ」が有名ですね。現時点でのホームタウンは、神奈川県の7市3町(厚木市、伊勢原市、小田原市、茅ヶ崎市、秦野市、平塚市、藤沢市、中郡大磯町、二宮町、高座郡寒川町)で、ホームスタジアムは「Shonan BMW スタジアム平塚」(平塚競技場)、練習場は平塚市内の「馬入サッカー場」(相模川河川敷)と「産業能率大学サッカーグランド」を使っています。

「湘南ベルマーレ」というチーム名は、ラテン語の「ベルス」(Bellus、美しい)と「マーレ」(Mare、海)の2つの単語を合わせた造語ですから、ラテン語で直訳すると「美しい海 湘南」という意味?となりますかね。

車の「湘南ナンバー」が出来る時も、一番積極的だったのが平塚市で、現に「湘南ナンバー」の運輸局(関東運輸局神奈川運輸支局、湘南自動車検査登録事務所)は平塚市東豊田字道下369番10にあります。

ちなみに、湘南ナンバーの管轄区域は「平塚市、藤沢市、小田原市、茅ヶ崎市、秦野市、伊勢原市、南足柄市、高座郡寒川町、中郡大磯町、二宮町、足柄上郡中井町、大井町、松田町、山北町、開成町、足柄下郡箱根町、真鶴町、湯河原町」となっており、箱根や小田原に行っても、湘南ナンバーのタクシーや観光バスを沢山見る事が出来ます。

鎌倉は対象外なのに「何で西湘地区が・・・」と、鎌倉人が怒るのも頷けます。でも、「鎌倉は横浜ナンバーに入るんだから、浜ナンバーで格好イイからいいじゃん」と、開き直る箱根人の言い分も頷けます。

さらに過去には、駅名を平塚駅から「湘南駅」「湘南平塚駅」に変更する案が上がったり、市名すら平塚市から「湘南市」「湘南平塚市」に変更する案が打ち上げられたりと、平塚は湘南にこだわり、次から次へと「何がどこまで可能か?」と検討された時代を経て、現在に至っております。

湘南ひらつか七夕まつりの歴史

もともとは、太平洋戦争後の復興を願い昭和25年7月に復興まつりが開催され、翌年昭和26年には仙台の七夕まつりを習い「第1回七夕まつり」が開催され、今に続いています。

下の写真の左は2011年、右は今年2013年の七夕飾りです。ここの飾りの特徴は、敏感に世相を反映する点で、2011年には、震災関係や上野のパンダの飾り、今年は、DJポリス、あまちゃん、今でしょ、などが多く見られ、今年も東北復興祈願の飾りが掲出されていました。

2011年七夕まつりの飾り 2013年七夕まつりの飾り

ただつくづく想うのは、昭和20年7月に平塚市は米軍による大空襲で壊滅的な打撃を受け、旧市域の70%が焼野原となったそうです。そして戦後の復興を願い始まった七夕まつりで、61年後に今度は地震、津波、そして原発による大きな被害からの復興を願う、「戦災復興から原発震災復興」になろうとは、誰も想像できませんでした。

第1回(昭和26年)~第10回(昭和35年)当初、竹飾りは物資が無く質素なものでしたが、知恵を絞りながら飾りを年々豪華にしていき、10回目には「関東名物平塚七夕まつり」と呼ばれるようになりました。

第11回(昭和36年)~第20回(昭和45年)東京オリンピックの影響から国際色が増し、竹飾りも夜には電飾で豪華になり、その規模は年々膨み観光客向けの臨時電車が42本も運行された年もありました。

第21回(昭和46年)~第30回(昭和55年)一飾り500万円の超高級飾りが出現したり、「ミス七夕コンテスト」も始った反面、駅ビル建設問題などで中止決定が出たり、複雑で混迷する時期もありました。

第31回(昭和56年)~第40回(平成2年)第40回には過去最高の358万人の人出を記録しました。また、友好都市の高山市や花巻市などの民族芸能を披露したりと、横の連携が広がりが成功をみました。

第41回(平成3年)~第50回(平成12年)第43回からは名称が「湘南ひらつか七夕まつり」になり、人出も史上最高の361万人を記録しました。また、市民参加のイベントや企画が人気を集めました。

第51回(平成13年)~第60回(平成22年)東日本原発大震災の影響で時短開催もありましたが、七夕まつりの起源である「戦災復興」を「震災復興」に重ねて力強く開催しました。

第61回(平成23年)~第62回(平成24年)昨年は「戦災復興への商店主の心意気」を「東日本原発大震災と低迷する地域経済への市民の思い」に昇華させ、新たな市民祭りの第一歩として開催されました。

以上が、おおまかな「湘南ひらつか七夕まつり」の歴史でした。つくづく「継続は力なり」を実感しました。

いつものように長くなりましたので、次回につづきます・・・