5月21日月曜日の金環日食はいかがでしたでしょうか?

茅ヶ崎は7時前まで雨が降っており、雨が止んでも、雲は取れず、やっと7時30分を過ぎてから、雲が流れだしてチラッ、チラッと太陽が見えはじめました。

ガンプラ挽歌金環日食当日3

リング状態の過ぎた7時45分ころに、日食メガネで、やっと観察が出来た程度でしたが、太陽が欠けているのは判ったので、それだけでも良しとします。

ガンプラ挽歌金環日食当日1

とにかく、日食メガネが無駄にならずに済んで、よかったよかったです。

ガンプラ挽歌金環日食当日2

さて、最近、3歳の息子が幼稚園で覚えてきた唄は、

パンツー まる見え ソーセージーと唄ったあと、自分のズボンとパンツを下げて、フル●ンになること・・・

「ホントにソーセージーが見えちゃってるよぉ!」の声もむなしく、暇さえあれば、家でこんなことばっかりやっています。

今回のお話は、3月中旬のことなので、チョッと前になりますが、幼稚園入園前の、今では、ソーセージーと唄って、見せまくっている息子の面倒を、見たときのお出掛け記事です。

何処へ行こうかと思い、平塚市の総合公園に向かってみたところ、途中で、蒸気機関車の姿がチラッと見えて、息子が大騒ぎ。

国鉄D52形蒸気機関車

場所は、平塚市の図書館と博物館が隣接している一角で、平塚市博物館が管理をされていました。

ja.wikipedia.org/wiki/国鉄D52形蒸気機関車

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車3

早速、博物館に行き、受付にお願いしたところ、所定の用紙に記入をして、蒸気機関車を展示している入り口の門の鍵を開けてもらいました。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車2

この日は、平日でしたので、特に空いていたようで、正味1時間くらいゆっくりと見学が出来ました。ちなみに、とても大切なことですが【無料】です。詳しくは、公式ホームページをご覧下さい。

平塚市博物館

たまたま裏道に入ったところで、松林に囲まれた中に、その姿を発見。

www.hirahaku.jp/riyou_annai/index.html

[wc_row][wc_column size=”one-half” position=”first”]ガンプラ挽歌蒸気機関車前5[/wc_column][wc_column size=”one-half” position=”last”]ガンプラ挽歌蒸気機関車前4[/wc_column][/wc_row]

ただし、どこから入ってよいのか分からず、大きく迂回して、やっと図書館側から入って行きました。

受付を済ませて、いよいよ見学です。

[wc_row][wc_column size=”one-half” position=”first”]ガンプラ挽歌蒸気機関車前3[/wc_column][wc_column size=”one-half” position=”last”]ガンプラ挽歌蒸気機関車前2[/wc_column][/wc_row]

ワイヤーとレバーで切り替える信号機やポイントの切り替え装置もあり、「どうやって動かすの?」と言うので、「こういうふうにやるんだ!」となんとなくやってみると、「すごーい、お父さん動かしてたの?」と言うので、「昔、手伝ったことがあるんだ」と、勢いで答えておきました。

自然と今に、嘘だとわかるでしょうから、リップサービスということで・・・

[wc_row][wc_column size=”one-half” position=”first”]ガンプラ挽歌蒸気機関車前1[/wc_column][wc_column size=”one-half” position=”last”]ガンプラ挽歌蒸気機関車前2[/wc_column][/wc_row]

その後も、息子から、何で動かないの?どうやって動いていたの?どこを走っていたの?いつごろ動いていたの?いつごろ作られたの?・・・

と、「どして坊や」状態で、興奮しながら質問をしつつ、縦横無尽に動き回って、舐めまくるがごとく、調査をしていました。

[wc_row][wc_column size=”one-half” position=”first”]ガンプラ挽歌蒸気機関車前3[/wc_column][wc_column size=”one-half” position=”last”]ガンプラ挽歌蒸気機関車前4[/wc_column][/wc_row]

D52型蒸気機関車についての説明が、横にパネル化されていました。

「デゴイチ」で有名な大型の貨物機関車【D51】を改良して、昭和18年(1943)に設計され、D51型のパワーアップバージョン機関車【D52】として、山口県の日立製作所笠戸工場で、昭和20年3月18日に製造されました。

ガンプラ挽歌蒸気機関車説明

しかし、戦争中のため、資材の節約や工作の簡素化がはかられ(鉄がないので、木材やコンクリートの塊まで使われた)、そのせいか不備も多く、昭和26年(1951)から大幅に改装されました。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車2

時に、「物資がない!」ことは、英知を集めて工夫を凝らす原動力となるようです。当時、前例踏襲で、技術革新に乏しかった国鉄が、蒸気機関車開発においては、より少ない資材、より少ない工数、より少ない代替資材で、同等の機能を有する製品を使用する事を目的とした【戦時設計】は、旧来の手法にとらわれない性能向上、生産手法の導入であり、現代で言う【VE】(バリューエンジニアリング)を実践することとなり、その後の技術向上に、大きく貢献したという見方があります。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車5

小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C)でも立証されたように、日本人は気質的に、もともと【VE】のレベルが高いんですから、原発や箱モノ行政ではなく、自然エネルギーの活用などに、その才能を生かさなければなりません。

約100cmの息子の背丈で、その大きさが計れます。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車12

展示されているので、覗き込んだり、触ったり、「ここがこんなになってる」「下からだとこうなんだぁ」など、当時の息づかいを、肌で感じることが出来ます。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車4

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車6

ボディーが黒いので、エンブレムが、金色っぽく映えて見えます。一説には、黒い色に金色が映えることを、最初に発見?して、実践した日本人は「織田信長」と言われています(安土桃山城が有名)。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車13

「豊臣秀吉」は、「豊臣の大阪城」に見られるように、信長の意思を継いだというか、パクったというか、マネしたというか、発展させたに過ぎないともいわれます。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車7

「織田信長」の美的センスは、黒でこそ金や朱(赤)が映えることを、感覚的に理解していたところが、凄いところです。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車10

ただの傾奇者(かぶきもの)ではなく、筋金入りの傾奇者でした。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車8

機関車の運転操作は、基本的に計器・メーターを見ながら、バルブを調節するという、究極の職人技です。

恐らく、その日の機関の調子や気候など、あらゆる状況を分析した上での、言葉では表現しきれない技術力だったのでしょう。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車9

バルブひとつひとつを見ても、形・デザインと大きさが違っており、ひとつとして同じバルブがないことが、その難しさを物語っていました。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車14

この【D52】は、昭和43年に使用休止後、廃車・スクラップ化が計られたそうですが、平塚市内のSLファンや市民、国鉄OBらの、蒸気機関車保存への熱意が実り、昭和44年11月30日ここに移された経緯があるそうです。

そうして、今、ここで、歴史的遺産を見て、触れることが出来ることに、感謝です。ありがとうございました。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車15

ちなみに、【D52】型は、主に、東海道線や山陽線などで貨物用・勾配用に活躍しており、国鉄最大の蒸気機関車でした。そして、この403号機は、昭和43年6月末日までの走行距離が1,100,097.7kmと、地球を27.5周したことになるそうです。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車1

昔、私が子供の頃、東海道線で国府津駅を通過する時に、国府津駅には機関車基地があって、御殿場線の蒸気機関車を見た記憶がなんとなくあります。

今では、跡地は、商業店舗が乱立する地域となりましたが、残っていたら、観光施設として、人が沢山来たでしょうから、どっちが良かったんでしょうか・・・

[wc_row][wc_column size=”one-half” position=”first”]ガンプラ挽歌蒸気機関車1[/wc_column][wc_column size=”one-half” position=”last”]ガンプラ挽歌蒸気機関車前6[/wc_column][/wc_row]

「【D52】403号さん、ありがとう。お父さんも自分の自転車の後ろに、カゴ椅子を取り付けましたので、重たい子供たちを乗せたときは、あなたを想い出します。」と、手を振って、403号機関車にサヨナラをした後は、平塚市平塚3-11-9にある、【洋菓子のカンパーニュ】さんに、ロールケーキをお土産に買いに行ってから、帰りました。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車16

こちらのお店は、工場がすぐ横にあり、直営なので、種類が豊富で、なによりリーズナブルなところが助かります。

www.campagne-japan.co.jp/

蒸気機関車といえば

我が家で機関車といえば、もちろん【きかんしゃトーマス】です。先日、妻が【ファッションストアーしまむら】に、子供の洋服を買いに行った時に、「思わず買ってしまった・・・」と、チョッと後悔した、トーマスの洋服セットのボックスです。

[wc_row][wc_column size=”one-half” position=”first”]ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車18[/wc_column][wc_column size=”one-half” position=”last”]ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車19[/wc_column][/wc_row]

邦題【ディーゼルの逆襲】の、映画の宣伝も兼ねており、こんなに大きい箱なのに、入っているのは、上着Tシャツ3枚とズボン1枚です。

まるで、「雀のお宿」で、最後に意地悪ばあさんが担いで、開けたらオバケが出てきた、大きなツヅラを彷彿とさせます。

ガンプラ挽歌平塚蒸気機関車17

あれっ・・・トーマスのズボンがあるはずなんだけど・・・と、探していると、息子がトーマスのズボンをはいて、例のソーセージーと唄って、下げてます・・・コラッ、買ったばっかりなのに、ゴムが伸びちゃうでしょ!

編集後記

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

実は、隣接する博物館の中も見学したのですが、写真が撮れなかったので、機関車だけの紹介となりました。

そういえば、博物館の内部には、平塚市の成り立ちを、自然の生き物や地形・地理を分析して、各コーナーに分けて、展示・紹介されていました。息子は、鳥のはく製が、リアルなので、どうして動かないのか、不思議でしょうがない様子でしたが、「昔は生きていて、死んだから人形になった」で、理解しました。

そうしたら、ろう人形を使った、石器時代の暮らしの再現コーナーを見て、「あのおじさんは、死んじゃったから、人形になったんだよね」と・・・こうきました。

あれは、人形で、鳥ははく製であることを、説明したのですが、家に帰ってから妻に、「おじさんは、死んじゃったから、はく製になっちゃったんだよぉ」と、爆弾発言・・・妻も「エー、人間のはく製があったのぉ?・・・」、あるわけないじゃん、あったら犯罪だよ。

息子は、あくまで、あのおじさんは、昔、生きていたと思ったほど、結構、リアルに良く出来た【人形】のお話でした。

Deep Purple – Highway Star

映像が古いので人形みたいに見えますが、人形ではありません。人間です。

音楽的には、今から観ると、機械の精度も、性能もよくなかったのですが、演奏テクニックと歌の内容で勝負をしていた点が、【戦時設計】を想わせます。イイものは、何年たってもイイです。

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