8月の終わりに、神奈川県小田原市にある「小田原城址公園」に行ってきました。

デジカメを忘れてしまい、携帯のカメラで撮りましたので画像があまりよくありませんが、雰囲気だけでも感じて頂ければ幸いです。

詳しくは小田原市のHP「小田原の観光」に案内が載っています。

小田原市HP 小田原城址公園

小田原城址公園体験レポート

ここは、JR小田原駅から歩いても10分ほどで、入園料などなく無料です。娘も幼稚園の遠足で、年少と年長の春に来ています。私も45年ほど前、幼稚園の年長の遠足はここでした。その後も、小学生の遠足や家族と何回来ているだろう・・・今では、自分が子連れで来ているくらいです。

今回は車で来たので、南側(海側)の駐車場に停めて、遊園地とは反対側から入っていきます。北側のJR線沿いの駐車場は、花見などの季節以外は閉まっているので注意しましょう。

城址敷地内に入り、「こども遊園地」の看板を見たとたん、気が狂ったように二人とも走りだし、遥か遠くへ・・・

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近年やっと歴史ブームを意識してか、小田原市でも発掘などに力を入れ始めて、右手には「銅門」と呼ばれた城址の一部を復元。

全国の都市が箱モノの無駄な建造物を作るくらいなら、観光資源として、もっと早くから歴史的建造物の再建に、力を入れておけば良かったのにと思わずにいられません・・・

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子供たちは歴史的建造物を楽しみもせず、目指すは遊園地のみ。

一目散に先を急ぎます!!! 「 親を置いて行くなぁ」の声もむなしく・・・

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そして到着!

昔、私が子供のころは「蒸気機関車型の豆汽車」ではなく、汽車の先頭(今の蒸気機関車で言えば、煙突部分)に、首輪にクサリでつながれた「日本猿」がいて、小田原提灯の唄にちなんで「お猿の電車」として人気がありました。

動物愛護団体から抗議が来て、辞めてしまったと勝手に睨んでいます。

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3両編成で1回の乗車で2周回ります。途中にトンネルもあり、寒い季節になるとトンネル内にイルミネーション(豆球の点滅なんですけどね)が飾られ、なかなか、それなりに、クリスマスの雰囲気があります。

(下左)昔のメリーゴーランドの名残りですね。

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(上右)「節電のため」との張り紙があり、メリーカップや30円の乗り物は動いていませんでした。

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券売機です。「豆汽車」は大人・子供区別なく、1回2周で1一人80円です。このリーズナブルな、昔ながらの感じにホットします。

(下左)子供たちは「豆汽車」と「バッテリーカー」を、十二分に堪能しました。

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次はどこだぁ?!!

(上右)「まだ乗るっ」とダダをコネルのを、「向こうに動物が居る」と気をそらせ城址に向かいます。ここでも、親を残して2人で猛ダッシュです。

いよいよ小田原城本丸跡へ

小田原城は後北条3代当主「北条氏康」の時代に、難攻不落、無敵の城といわれ、「上杉謙信」や「武田信玄」の攻撃に耐えています。江戸時代に居館部分が近世城郭へと改修され、現在の小田原城址の主郭部分となりましたが、八幡山(現在の小田原高校がある場所)は放置されたため、近世城郭と中世城郭が江戸期を通して並存し、現在も両方の遺構が残る全国的に見ても珍しい城郭です。

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小田原城の最大の特徴は、豊臣秀吉軍に対抗するために作られた広大な外郭です。八幡山から海側に至るまで、小田原の町全体を、総延長9kmの土塁と空堀で取り囲んだもので、後の豊臣秀吉の大坂城の惣構を凌いでいましたが、1614年(慶長19年)、徳川家康がこの総構えを撤去しています。

地方の城郭に、大規模な総構えがあることを、警戒していたという説もあります。ただし、完全には撤去されておらず、現在も北西部を中心に遺構が残っています。古地図にも存在が示されており、小田原城下と城外の境界であり続けました。明治初期における小田原町の境界も総構えです。

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あれぇ?ゾウのウメ子がいない・・・

(上右)猛ダッシュで城址へ来てみたものの、動物が見えずウロウロ・・・

娘が象を探す横で、鎧兜や着物を着て武士・お姫様に変身!!!体験用甲冑・内掛の貸出をして、記念撮影中のご家族がいました。

「小田原観光の思い出に、鎧兜や着物を着て、武士やお姫様に変身してみませんか。甲冑・打掛の貸出をどうぞご利用ください。」との案内が。

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調べてみると、鎧兜や着物を着て武士やお姫様に変身する方法は、利用時間は10:00〜16:00(最終貸出は15:30)、利用料金は大人(中学生を除く15歳以上)200円小人(小・中学生)100円、数量は甲冑(大:2、中:2、小:2)、打掛(大:5、中:3、小:4)、休業日は12/29~1/1(年末年始)、注意点としては数に限りがあるのと、事前予約は受付けていない点です。連絡先は、小田原市観光課城址公園係 0465-23-1373

娘は着たがりましたが「似合わないから、やめよう」と、無茶苦茶な理由を言いましたが納得しないので、「今度ね」でやっと納得。

ここの妙なだだっ広さに違和感があるのも当然で、「象のウメ子」が居ない上に、象舎や小さな運動場もキレイさっぱり、無くなっていました。

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「ゾウのウメ子」は平成21年(2009年)9月16日に亡くなり、現在は「ニホンザル」だけが居ます。昔、私の子供の頃はライオンやトラも居て、その他ヤギやヒツジに各種の鳥など、かなりの動物が居たんですけどね。

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ゾウのウメ子

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(上左)在りし日、2008年の小田原城址公園のウメ子です。ここにはウメ子が居るのが当たり前でしたから、本当に虚しく寂しい気持ちになりました。

Wikipedia ウメ子

(ウメこ、1947年(昭和22年)(1950年(昭和25年)に、推定3歳で来日)-2009年(平成21年)9月16日夜から17日朝)は、タイ王国出身のアジアゾウ。

【タイ王国から小田原へ】戦後復興の最中だった1950年(昭和25年)、市制が施行されて10周年となる小田原市が、「小田原こども文化博覧会」を開催した際に、タイ王国からゾウを呼びました。当時の鈴木十郎小田原市長が、人気を見て恒久的に飼育することを決定、同市が購入。小田原城で飼い続けられることになった。2009年(平成21年)9月17日午前8時37分頃、飼育舎の中で、横たわるウメ子を、出勤した飼育員の二見典克らが発見。前日16日も通常と変わらない60キロのエサを完食していたという。小田原市は市民からの記帳や献花の受け付けを行い追悼したほか、上野動物園から一緒に来園し、85歳となった初代飼育員の中島与平も遺体と体面、最後の別れをした。

小田原城址公園は、飼育環境が狭く、不適切な環境との批判もあった。地球生物会議からは動物にとって劣悪な環境であるとして、小田原動物園は閉園を勧告されたことがある。また、文化庁が1970年代に「城は史跡であり、歴史と関係ない動物園などの施設ははふさわしくない」と勧告しており、城内の動物園存続はウメ子が存命の限り、との方針が打ち出されていた。ウメ子の死によって小田原城址公園から動物園は撤去される方向であったが、2011年(平成23年)現在ニホンザルが飼われており、動物園は存続している。( Wikipedia ウメ子より、抜粋)

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(上左)ウメ子を偲び、モニュメントがあるだけでした。寂しくなりました・・・「沢山の思い出を、ありがとう」と、心の中で合掌しつつ、子供に象の話や、昔いた動物たちの話や、自分の小さいときの話が出来ました。

(上右)そろそろ帰りましょう。お腹が空いたのか、また猛ダッシュです。今度来るときは、御姫様の恰好をして記念撮影か・・・覚えていたら。

<編集後記>

今回も、訪問していただき、ありがとうございました。

東日本大震災から6ヶ月、アメリカ同時多発テロから10年・・・忌まわしく悲しいことが起きないことを、祈らずにはいられません。

人間の「四苦八苦」に「生・病・老・死」がありますが、「生」が入っている点に、他の3つとは明らかに異種な違和感を感じますが、「生」もまた「苦」であると教えられる想いがする、今日この頃です。

思いつくままに、今回も1975年(昭和50年)のいま頃に流行った、

日本題
「あの娘におせっかい」 ポール・マッカートニー&ウイングス
Paul McCartney & Wings – Listen To What The Man Said (live)

この「あの娘におせっかい 」ポール・マッカートニー&ウイングス と「バイ・バイ・ベイビー」ベイ・シティ・ローラーズ  が、1位を争っていました。

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