暮しの生活自由帳

健康で文化的な最低限度の生活を営むために、暮しの節約ネタや思わず手帖に綴って栞にしたくなる生活風景を自由帳にまとめています。

第57回大岡越前祭と浄見寺

この記事を読むのに必要な時間の目安は: 約 7 分です。

 

茅ヶ崎駅前のイトーヨーカドーの前を通ったら、「大岡越前祭」の大きな提灯が出ていました。昔は「大岡祭」と言っていたと思いますが・・・まぁいいかっ・・・

今年で第57回を数える「大岡越前祭」は、4月21日(土)・22日(日)の2日間です。昨年は大震災の影響で中止されましたが、今年の「大岡越前祭」では、駅前コンサート(茅ヶ崎駅北口)、越前守遺跡写真展(文化会館及び民俗資料館)、茶会(駅北口本部)、茅ヶ崎ブランドバザール(駅北口周辺)、ちがさき産業フェア(文化会館駐車場)、浄見寺地元まつり、越前守遺跡写真展(文化会館)、ちがさき産業フェア(文化会館駐車場)、春の市民祭り(中央公園)、ビッグパレード(駅周辺)、茅ヶ崎ブランドバザール(駅北口周辺)などのイベントが開催されます。詳しくは下記公式HPをご覧下さい。

茅ヶ崎市観光協会HPより 特集大岡越前祭
www.chigasaki-kankou.org/event/festival01/index.html

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺1

で、4月10日(火)息子の幼稚園入園式の後、花見を兼ねて義父と義母も一緒に、家族総出で神奈川県茅ヶ崎市堤4317にある

【浄見寺】に行ってきました。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺2

満開の桜の中に、すでに「大岡越前祭」のノボリが立てられていました。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺3

ここ浄見寺は、大岡越前守忠相をはじめとする大岡一族の菩提寺です。

水戸黄門と交互に放送されていた、関東では6チャンネルだったナショナル劇場のテレビ番組「大岡越前」で有名な、江戸時代の名奉行「大岡越前守忠相」を輩出した大岡氏は、相模国高座郡堤村の周辺を統治していました。

慶長16年(1611年)、大岡家2代目当主大岡忠政が、亡父の初代当主大岡忠勝を慰霊するために建立したのが、ここ浄見寺の始まりといわれています。

山門横には、大岡越前祭のポスターが貼られていました。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺4

横には、政治家や役人、私腹を肥やす奴らどもを象徴する【過ちに気づき 改めないのが 過ち】と書かれています。日本国民は、いつになったら、原発の過ちに気づくのでしょうか・・・

浄土宗 窓月山 浄見寺

Wikipedia 浄見寺

Wikipedia 大岡他忠相

創建年が慶長16年(1611年)ですから、関ヶ原の戦いから11年後ですね。正式名称は、法然上人を宗祖とする浄土宗の窓月山浄見寺と言います。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺16

山門横に、県重要文化財に指定されている「銅造六臂弁才天坐像」についての説明書きと、石碑があります。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺19

本堂は、リフォーム中・・・

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺20

そういえば、私ごとではありますが、初めてここ浄見寺に来たのは35年ほど前だと想い出しました。

当時、高校生の分際で原チャリ免許を取得して、友人のお兄さんから「HONDA ダックス」を1万円で購入し(もちろん、スーパーでアルバイトをして稼いだ自分のお金で買いました)、はじめてプチツーリングに来たのがここでした。

当時とあまり景観は変わっていません。本堂向かいの石段を登れば、大岡家一族の墓所です。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺21

あの頃は、ノーヘル(ヘルメット不要)の時代で、モンキー・MR50・RG50・マメタンなどなど、いろいろな種類の50CCバイクが登場していました。

中でも画期的だったのが、通称「ロッパル」と呼ばれた(自分の周りでそう呼んでただけか?・・・汗)「ホンダのロードパル」、ソフィア・ローレンがCMで叫んでいたキャッチフレーズ「ラッタッタァー!」は、ロードパル自体の代名詞にもなりました。片や「ヤマハのパッソル」も有名でした。

女性がスカートを履いても乗れるというコンセプトの下、八千草薫のCMで「私にも乗れた」で有名でした。確か、八千草薫さんはこのCMに出るために、原チャリ免許を取得されました。

オハツキイチョウとは?

墓所隅の境内の「オハツキイチョウ」は、樹齢約400年で、大岡忠政が創建時に植えたといわれるイチョウです。

ちなみに、イチョウの木は、元は中国原産の雌雄異株木(オスとメスが一緒、カタツムリもそうですね)で、朝鮮半島を経由して、日本に渡来したそうです。では、なぜ寺院や仏閣にイチョウの樹が多いかといえば、葉が厚く燃えにくいため、火難除けの意味も込めて、社寺庭園木となったといわれています。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺22

中国では、「鴨脚」(Jacian)と呼ばれおり、「ヤーチャオ」→「イーチャオ」→「イチャオ」が訛って、日本で「イチョウ」と呼ばれる様になり、北海道から九州まで、ほとんど日本全国にイチョウの木を見ることが出来ます。ただし、一方では「生きている化石」ともいわれ、地球上にたった一族一種の貴重な植物でもあります。

「オハツキイチョウ」はイチョウの木の変種で、葉っぱと実(銀杏)が一緒に生っているイチョウのことをいい、全国に約20本程度しかないそうです。ただし、すべての実が「お葉付き」になる訳ではなく、全体の10%ぐらいしかならないともいわれています。ですから、見つけた場合は、ご利益有りと「お葉付き」を持ち帰るのが一般的のようです。あいにく、今は春なので、今度は秋に来て「お葉付き」を確認してみたいと思います。

大岡家一族の墓所

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺23

写真右側のものが大岡家五代目の「大岡越前守忠相」のお墓です。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺24

昔は自由にお墓参りをすることが出来たのですが、墓所入口にはシャッター扉が設置されて鍵が掛けられおり、入る事が出来ません。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺25

こんなことがあるから・・・
今年1月5日に、原爆慰霊碑に塗料 広島 未明 50代男?逃走
www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php

こういう事件を起こす不届きモノが居ますので、仕方がないと思いつつも、でも、こんなヤツのせいで、お墓参りも自由に出来ないのは、別な意味で許せない気持ちで一杯となり、腹が立ちます。

大岡家墓所は高い位置にありますので、桜を見降ろす事が出来ます。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺26

浄見寺山門を背にすると、このように見えます。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺5

ここの良いところは「自動販売機が無い!」ところです。在るとそれだけで、景観が失われる気がします。

それに、なんでもかんでも人工的に整備がされていない点もいい感じです。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺7

これで、駐車場料金を取ったり、自動販売機を置いたり、よくわからない看板が置かれたら、風情がなくなります。

こちらには「旧和田家」という民俗資料館があります。

約160年前の茅葺の旧家を移築したものです。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺6

まわりは日本的な庭園となっており、子供たちが遊べるように・・・って、こらっ、遊んじゃぁダメでしょ!油断も隙もあったもんじゃない。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺8

本当は、全国的にバブルに沸いていた時に、近代的な箱モノばかり作らずに、こちらの旧家のように、歴史的な建造物や景観をちゃんと守って、復元したりしておけば良かったのになぁ・・・と思います。

たとえば、由布院なんかは最たるもので、バブルの頃に開発をしなかったから、今、観光地として生き残れている訳で、別な視点でいえば、原発に依存した街は、将来がないのと同じです。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺9

家の中は、当時の日本人の身長を想わせる鴨居の低さで、さらに黒塗りの板で構成されています。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺10

子供からは、竈(かまど)を見て「これなあに?」、囲炉裏(いろり)を見て「これなあに?」、農機具を見て「これなあに?」でした。

しかし、私も、この旧家のような造りの家では生活をした事が無く、時代劇の映画やテレビからの知識ですので、子供に説明をした時は、実際に生活をした経験談を交えた話ではなく、物の名前とどうやって使うかの使用方法を、説明するのがせいぜいでした。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺11

ちなみに、今でも、囲炉裏の上に、天井から吊るされたナベ吊るし、正式には「自在鉤(じざいかぎ)」に付いている「横木」と呼ばれる、自在鉤を任意の位置で留めるための梃子の魚の形をしたものは、タイ焼きが焼けると思っているのは、私だけでしょうか・・・

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺12

そこらじゅう板だらけだから、冬は寒かったでしょうね。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺13

私の小学校時代には、近所の農家さんで、このような旧家仕様の家が少しはありましたが、今はありません。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺14

この茅葺の綺麗なこと。男の子の刈り上げた後頭部の髪の毛みたいです。思わず触りたくなります。

旧家の横は広場になっていますので、桜を楽しむにはもってこいです。

滑り台とブランコもありますので、子供も楽しめます。また、車で入ることも出来るので、お年寄りのデイサービスの送迎車や、施設からの花見などで利用される方も、結構おられ、感激しているお年寄りばかりでした。「今年も桜が、生きて見れた!」・・・と。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺15

今日は、なかなか、のどかなひとときを過ごすことが出来ました。浄見寺さん、ありがとうございました。いつまでも、ヘタな開発をしないで、この風情を守って欲しいです。子供たちのためにも・・・

編集後記

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

息子が、「お雛様、入学式と、お姉ちゃんばっかりお祝いしてずるい!」と言って大騒ぎしていたので、お花見から帰ってきてから夕食に、入園式のお祝いとして「ちらし寿司」を作りました。

ガンプラ挽歌大岡越前祭浄見寺27

ちらし寿司が出来上がって、記念というか、「入園祝いの証拠」に写真を撮っていたら、すかさず、つまみ食いの手を伸ばしてきたのは、息子さまでした。

更にこの後、茶碗によそう時に「イクラもっと入れてよぉ!」とか、「エビもっと入れてよぉ!」とか、泣き叫んでいたのも、息子さまでした。「今は我慢しとく代わりに、将来、親孝行しろよ!」と、心の中で叫ばずにいられませんでした。

今日も一日、お疲れ様でした。

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