マイナーな記事内容ですので、「今の日本に、こんな所もあるんだぁ・・・」的な、少々引き気味な気持ちで、あまり考えずに、理解しようとしないで、「ボヤーっ」と記事をお読み下さい。

少し前に、携帯電話を、ムーバからフォーマに切り替えたので、新しい携帯電話のカメラで撮影してみました。相変わらず、撮った時の「ガシャァ!」のシャッター音がでかいのは、変わっていませんでした。

現在の「JR茅ヶ崎駅北口駅前」です。

一応、駅ビルです。始めは「ルミネ」でしたが、いつの間にか、「ラスカ」に変わりました。変わったから「何っ・・・」という感じで、どこがどー変わったのかは、良く分かりません。今から30年位前は、木造の駅舎で、40年前位前には、南口に「タクシー」や「ハイヤー」ではなく、「輪タク」なる、「バイクのサイドカー」が走っていました。 一度は乗って見たかったのですが、乗る前に姿を消してしまいました。

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一応、「ぺデストリアンデッキ(pedestrian deck)」と言う、高架等によって、車道から立体的に分離された歩行者専用の通路で、「歩行者回廊」、「公共歩廊」とも言われる構造となっており、大規模なバスロータリーの上は、広場になっております。

ぺデストリアンデッキにある「茅ヶ崎市ゆかりの人の手形のモニュメント」

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加山雄三さん

元祖「若大将」です。昔、加山雄三さん一家=上原謙さんの家が、茅ヶ崎駅南口正面から、海岸へ一直線に伸びる道路沿いの、海岸線道路(国道134号線 :サザンの曲では、R134号線を走ると、ずっと「烏帽子岩」が見えるので、海岸線のR134号線の事を、「えぼしライン」と「希望の轍」で唄われています)手前に在り、この直線道路を、昔は、「上原謙通り」と言い、その後、世代交代で、「雄三通り」と言われています。南口商店街では、「若大商通り」のノボリを見たことがあります。

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野口聡一さん

神奈川県横浜市生まれで、小学校6年生の時に、茅ヶ崎に引っ越され、茅ヶ崎市立浜須賀中学校→神奈川県立茅ヶ崎北陵高校→
東京大学工学部航空学科卒→東京大学大学院工学系研究科航空学専攻修士課程修了と、宇宙飛行士になりたくて、大変努力をされたそうです。そして、2005年7月26日に、打ち上げられたスペースシャトル「ディスカバリー号」に搭乗され、念願の宇宙へ。地球帰還後に、茅ヶ崎市に凱旋帰国され、オープンカーで市内をパレードされましたね。

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12代目 市川団十郎

歌舞伎役者の現(12代)市川団十郎の曽祖父である、9代市川団十郎が、明治時代に、茅ヶ崎に別荘を建てて、よく茅ヶ崎に来ていたそうです。南口側の鉄砲通りの、フジスーパーとアレセイア(旧・平和学園)の中間地点に、交番と平和第一公園があり、そこに市川団十郎の記念碑が建っています。

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土井 隆雄さん

2008年に、日本初の有人施設「きぼう船内保管室」の設置を担当した、宇宙飛行士です。茅ヶ崎とのゆかりは、学生時代の一時期に、茅ヶ崎市内にあるご実家で、過ごされました・・・そうです。ちなみに、「ラチエン通り」や「異人館踏切」に名前が残る「ラチエンさん」は、ドイツ人の輸入商で、ラチエンさんの奥さんは、土井朝於さんで、この土井朝於さんの甥御さんが、宇宙飛行士の、土井隆雄さんのお父さんだそうです。現在も、土井隆雄さんのお母さんは、茅ヶ崎市内に住んでおられます。

以上、とてもマイナーな地域のニュースでした。

追加のマイナーな話題として、桑田佳祐さんのDVD「宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~」がリリース

「自分にできることは、音楽しかない」東日本大震災から半年が経過した、9月10日・11日に「宮城セキスイハイムスーパーアリーナ(グランディ・21)」で行われた、桑田佳祐の「宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~」が、DVD化され11月16日にリリースされます(Blu-rayは11月23日)。「あきらめないで何事も。無理しないで何もかも。人生を楽しんでください」最後は、「えぼしライン」の「希望の轍」で締めくくったそうです。

<編集後記>

最後まで、お読みいただきまして、ありがとうございました。

やはり、聞きたくなりますね・・・清水美砂さん・・・今の時代から見ると、眉毛太いけど綺麗です・・・

KAWAMURA BAND / 希望の轍  映画「稲村ジェーン」挿入歌

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