先週の休みの日にこれからの行楽を睨み、山口県名産の「国近商店しそいりわかめ」3袋1,000円(送料込み)を事前に購入しておき、しそいりわかめ入りのオニギリを持って、家庭サービスのお出かけに行ってきました。
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山口県に住んでいた頃、よくこのおにぎりを食べてから病みつきです。行った所は、横浜市の「港が見える公園」です。薔薇園もあります。

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公園からは、ベイブリッジをはじめ、横浜港が一望できます。
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あいにくの曇り空でしたが、梅雨の合間を縫って、それなりに人も来ていました。噴水付きのヨーロッパの宮殿庭園風の広場もあります。

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薔薇園は、少々見ごろを過ぎつつありましたが、どうにか楽しめました。

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「薔薇の花」を見ると、どうしても「北の国から’98時代」の【百万本のバラ】を、想い出してしまいます。

正吉が母のスナックを訪ねた時に、加藤登紀子さんの「100万本のバラ」の唄が流れ、母親が「この曲知ってるかい?「百万本のバラ」って言うんだ。惚れた女に、街中のバラを百万本贈って口説いたっちゅう、見上げた男を歌った唄さ。男はそれぐらい強引でなきゃね!」と、正吉に諭す。ちょうど正吉は、蛍からプロポーズを断られて、落ち込んでここに来ていたので、「バラって1本いくらすんだ?」と母親に聞くと、「4~5百円は、するんでないかい。」・・・の返事の後に、手元にあった電卓で計算を始める。そして、電卓をかざして叫ぶ。「4億から5億かかんじゃねえかっ!!!」仕方なく、そんな金を工面出来ない正吉は「オオハンゴウソウの花」を自ら刈り取り、蛍の部屋中が埋まるくらい贈る。

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「北の国から」の舞台で有名な、富良野名産のラベンダーの花もあります。薔薇園の先には、約130年前に建てられた噴水がありました。

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「あっ、ライオンがゲロ吐いてるぅ!」

うちの娘が、指を差して大声で叫びました。もちろん周りに居た方々が、一斉に冷たい視線を投げかけたのは言うまでもありません。恐るべし、幼稚園児。

最後に、「本当は、家庭サービスよりも、模型を作りてぇ!」と、心の中で私は叫んでいましたが、「愛の母子像」を見て反省しました。この母子を前にして、そんなワガママを言っている自分に対してです。
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横浜港が開港した当時に各国の洋館が建っていた跡地には、ひっそりと、今から34年前に横浜の住宅地に米軍機が墜落し、巻き添えとなって母親と幼い子ども2人が亡くなり、この母子をモデルにした「愛の母子像」がありました。

実はこの像は、亡くなった母子の遺族が横浜市に寄贈する形で1985年に設置されましたが、行政側は都市公園法の解釈を理由に、墜落事件を説明する碑文を認めなかったため、これがなんの像なのか分からない状態が続いていたそうです。

その後、市民の間から疑問の声が上がり、2005年2月に中田宏横浜市長(当時)の定例記者会見の中で、この問題が取りあげられ、2006年1月に墜落事件の概要を簡潔に記述した碑文が設置されました。この像が設置されてから碑文設置まで、約21年が費やされたそうです。右の碑文が無ければ、確かにこれがなんの像か分かりませんね。行政は亡くなった人を冒涜しているようで、大変腹が立ちます。神奈川県庁職員!恥を知れ!・・・合掌

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で、模型です。やってますよぉ。詳しくは、次回に・・・

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